磯崎新のwikiプロフィールと家族は?経歴(略歴)やスゴイ年収に代表作も調査!

「建築界のノーベル賞」と呼ばれるプリツカー賞に今年は日本人の磯崎新に授与されることが決まりました。

日本人としては8人目の受賞者となり、授賞式は5月にフランスで行われる予定です。

今回のニュースで磯崎新を知った人はプロフィールや経歴などが気になったのではないでしょうか。

そこで今回は、

  • 磯崎新のwikiプロフィールと家族
  • 磯崎新の経歴や年収に代表作

について書いていきます。

磯崎新のwikiプロフィールと家族

それではまず、建築家磯崎新のプロフィールや家族について紹介します。

磯崎新のプロフィール

  • 名前:磯崎新(いそざき あらた)
  • 生年月日:1931年7月23日
  • 出身:大分県
  • 出身大学:東京大学大学院

プリツカー賞を受賞した建築家丹下健三の研究室で学んでいました。

丹下健三研究室では浅田孝、大谷幸夫、沖種郎、神谷宏治、槇文彦といった建築界の著名人が在籍したと言われています。

磯崎新の家族

ここでは磯崎新の家族について紹介します。

  • 父:磯崎操次
  • 母:磯崎てつさん

父の磯崎操次は米穀商・大分合同トラック会社を経営する実業家でもあり俳人でもありました。

  • 妻:宮脇愛子
  • 出身大学:日本女子大学文学部卒
  • 職業:彫刻家

家系や奥様の職業を考えるとアーティスティックな家族なイメージですね。

お子様は情報はなく、いない可能性が高いです。

お子様がいてもクリエイティブなお仕事をしていたかもしれませんね。

磯崎新の経歴(略歴)やスゴイ年収に代表作

ここからは磯崎新の経歴や年収にこれまでの代表作について紹介していきます。

磯崎新の経歴

  • 1960年:丹下健三研究室で東京計画1960に関わる(同僚に黒川紀章)
  • 1961年:東京大学数物系大学院建築学博士課程修了・八田利也(はったりや)の名で『現代建築愚作論』を書く
  • 1963年:丹下健三研究室を辞める・磯崎新アトリエを作る
  • 1967年:大分県立大分図書館を作る(1997年にアートプラザになる)
  • 1967年:日本建築学会賞受賞
  • 1968年:株式会社環境計画代表取締役就任
  • 1970年:大阪万博のお祭り広場を作る(丹下健三と共作)
  • 1975年:群馬県立近代美術館・北九州市立美術館を作る、『建築の解体』を書く
  • 1975年:日本建築学会賞受賞
  • 1980年~1992年:『建築脚光』を創刊する(篠山紀信とのタッグ作)
  • 1983年:つくばセンタービルを作る
  • 1986年:東京都庁舎のコンペ参加
  • 1986年:RIBAゴールドメダル受賞
  • 1991年~2001年:Anyコンファレンスを企画・参加
  • 1991年~2002年:『批判空間』誌編集顧問就任
  • 1996年:織部賞・選考委員長就任
  • 1996年:ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞受賞
  • 2017年:日本芸術院会員選出
  • 2019年:プリツカー賞受賞

ここで紹介した経歴では日本での活動が多いのですが、日本だけでなくアメリカ、ドイツ、中国、イタリアなど世界中で活躍されています。

磯崎新の年収

まず、建築士の平均年収ですが、644万円です。

磯崎新の年収については公表されている情報ではありませんが、数千万ほどという情報もあります。

建築士の報酬については、日本の場合基準があるので、建築の仕事であればその年の活動次第ではないのでしょうか。

経歴には美術館などありますが、工事費が数十億の美術館の場合は2,000万円ほどの報酬と言われています。

磯崎新の代表作

代表的な建築物には、、大分県立大分図書館(アートプラザ)や、つくばセンタービル、ロサンゼルス現代美術館があります。

大分県立大分図書館(現アートプラザ)

つくばセンタービル

ロサンゼルス現代美術館

おわりに

今回は、磯崎新のプロフィールと家族や経歴についてまとめてみました。

磯崎新は学歴も高く、家族はアーティスティックなイメージでしたね。

経歴は図書館や美術館のような建築が多く、日本だけでなく海外でも活躍されています。

プリツカー賞をされたことで、磯崎新の建築に興味を持った人も多いのではないでしょうか。

磯崎新が手掛けた建築物を実際に見に行ってみたいですね。

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